№001 「エピソードⅠ」森高多美子

 三船雅彦のことを知ったのは、いつだっただろう。
栗村監督から、日本人レーサーの中でもっとも力がある選手なんだと聞かされていた。それから少しして、その三船選手が日本で選手生活を送ることになった。
はじめて見かけたときのことは、いまも忘れない。
「なんて眼光の鋭い人なんだ」
 ヨーロッパの厳しい世界で生きてきたことが、その目の鋭さから見て取れた。獲物を狙う野生のまなざしとでもいうのだろうか・・・他の選手にはない凄みがあった。
柄にもなく怖じ気づいた私は、その日ついに声をかけることが出来なかった。
それからは、とにかく周辺から固めようと、マッサーやメカニックに聞きまくった。
「三船さんって、どんな人?」
 そうして集められた情報から浮かび上がったのは、オヤジギャグを連発するめちゃめちゃ気さくな人物像だった。
 「な〜んだ、そうなんだ」と拍子抜けしつつも、声をかけるきっかけのないまま時間は過ぎていき、はじめて三船さんと話したのは、2004年の5月、私の書いた『逃げる男』が掲載されたNumberの発売日のことだった。なんと三船さんから私に声をかけてくれたのだ。記念すべき、その第一声は
「あっ! 逃げられた女」
こうして、私と三船雅彦との“関係”がはじまった。

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プロフィール
森高 多美子(もりたか たみこ)
スポーツライター
ツールド北海道にテーマを得た『逃げる男』で
2004年 Numberスポーツノンフィクション新人賞受賞。
自転車のほかサッカー、野球でも執筆中。
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