№031 ツール・ド・インドネシア第1ステージ

Stage1 Jakarta Criterium 54.6km
ナショナルチームに抜擢されインドネシアの地に降り立った。ツール・ド・インドネシア(UCIカテゴリー2-2)に出場するためだ。そしてこのステージレース後に一時帰国し、そのままマレーシアで開催されるアジア選手権に出場することになっている。今まで海外でやってきた経験がようやくアピールできるときがやってきたと俺は思っている。
「三浦ジャパン」がスタートし、俺がある意味一番の「サプライズ」だったに違いない。何せナショナルチームとして選ばれるのは95年コロンビアでの世界選手権、99年だったかのジャパンカップナショナルチームで選ばれて以来なのだ。そのチャンスを与えてくれた三浦監督には結果で報わなければならない。俺はその思いを胸に第1ステージの朝を迎えた。
第1ステージはジャカルタでのクリテリウム54.6キロ。2.6キロを21周するレースだ。
当初は7時にスタートのはずが、さすがはアジア!結局8時15分頃にレーススタート。
今回のメンバーは俺、福島晋一(バン)、福島康司(バン)、飯島誠(BS)、廣瀬敏(愛三)の5人だ。
距離が短いのでスタートから熱い走りが続く。常に誰かがアタックしているようだ。廣瀬は序盤からいい感じでチェックに入ってくれているし、みんないい感じだ。
1回目のスプリントポイント。俺は2周前にアタック。単独でしばらく逃げるが逃げ切れないと判断。そのまま集団に戻り飯島・廣瀬の列車でポイントゲットを試みる。

デンマークのスプリンターがツアー・オブ・サウスチャイナシーでやられたことがあるのでとりあえずチェック。そしてコウデントソフ(ロシア)もサウスチャイナシーで切れのあるスプリントを披露しているし、ヨーロッパでも何勝かしている。俺は列車を作ってきたデンマーク側につく。そして発射しようとした瞬間、彼が踏むのをやめてラインを塞ぐ。その隙にそのチームの本命スプリンターが発射。俺はそのまま3位通過で終わる。

2回目のスプリントは飯島が最終コーナーから加速。まだ600メートルほどはある。飯島のあと廣瀬が加速。後ろには一人迫っているが逃げ切れるだろうか。俺はまだ残り距離が長く発射の位置をあと2秒ほど遅らせようとした瞬間。左側から先ほどのデンマークチームの選手に一気に捲くられてしまい2位通過で終わった。
このあとデンマークは勝てると判断し集団を列車を形成しコントロールしていく。
俺はどうすればいいか。個人で行くのかチームで行くのか。
俺はどっちと言う判断はなかったが、ただデンマークもだが、ここまで息を潜めているコウデントソフにも厳しいマークを入れるようにしていく。飯島にそう告げて列車を作らずに行こうとした。

ラスト2周。デンマーク列車の後ろはかなり激しい位置取り。それも位置取りに長けた選手ばかりではなくかなり危険なローカル選手が入り込む。俺は危険を判断し飯島に前まであげてもらうよう指示。再び飯島-廣瀬-三船ラインでゴールを目指す。
最終コーナー。飯島はデンマークラインの後ろを上手くジョイント。そこで飯島を切り離し。廣瀬はスプリンター達の真後ろに。ここ!っというところで発射台の切り離しラインでブロックされコウデントソフに乗り遅れ、俺は一番中途半端で嫌いな4位でフィニッシュ。優勝はデンマークチームのシュルツェ、2位はコウデントソフ、3位にジャイアントのドイツ人だった。

ゴール後、飯島や廣瀬から申し訳なさそうに謝られるが、今日は彼らの方が上手だったし、それ以上に俺自身に力が足りなかった。少し最初からいつもよりも同じギヤが2枚ほど重く感じたし踏み切れる感覚が薄かった。
それでもまず4位。三浦監督にとって初めてのエリートチームの采配。賞金圏内で終えることが出来た。今の俺にとってはまずナショナルチームに選ばれて十分「侍」であるということを国内外にアピールしていかなければいけない。勝てなかったが勝負が終わったのではない。今この瞬間「勝負」が始まったのだ。

第1ステージ
1位 シュルツェ(BACP)
2位 エルラー(ジャイアント)
3位 コウデントソフ(グリーンフィールド・フレッシュミルク)

4位 三船
10位 廣瀬
25位 飯島
65位 福島弟
69位 福島兄
すべて同タイム

総合
1位 シュルツェ(BACP)
2位 エルラー(ジャイアント)+8秒
3位 コウデントソフ(グリーンフィールド・フレッシュミルク)+12秒
4位 三船雅彦 +13秒
11位 廣瀬+16秒
26位 飯島+16秒
65位 福島弟+16秒
69位 福島兄+16秒

スプリント賞
1位シュルツェ(BACP)10ポイント
2位三船 5ポイント